日本におけるダイバーシティマネジメント

    本稿では、あらためて、1) ダイバーシティ&インクルージョンとは何なのか?2) 日本におけるダイバーシティ推進の特徴、3) 日本政府の取り組みとその成果、4) D&I関連の法律面での整備としてどのようなものがあるのか等、最新のデータを基に、忙しい方にも一読すれば概要がわかるよう紹介したいと思います。

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    ダイバーシティ(Diversity)とは、直訳すれば「多様性」ということですが、企業活動の文脈においては、ダイバーシティ経営という言葉で使われます。ダイバーシティのはじまりは、1960年代でのアメリカにおけるマイノリティに対する差別を是正するための「新公民権法」誕生時に遡るといわれています。

    欧米や一部の外資系企業では以前より馴染みのある言葉かもしれませんが、大部分の日本企業においてはまだまだ認知度も低く、その言葉の本当に意味することの浸透度は決して高いとは言えない状況です。しかしながら、日本社会においては、近年になってようやくダイバーシティというカタカナ英語がマスコミ等の報道で使われるようにもなってきました。

    日本におけるダイバーシティという言葉の広まりは、経済同友会が2004年に人事戦略として問題提起したことが契機となっています。また、経済産業省では、2012年度から「なでしこ銘柄」、「ダイバーシティ経営企業100選」などの表彰制度を通じて、女性活躍やダイバーシティ経営(ダイバーシティマネジメント)を推進してきました。このダイバーシティ経営とは、「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」のことです。ここで述べられている”多様な人材“とは、性別、年齢、国籍、障がいの有無などだけでなく、キャリアや働き方などの多様性も含みます。

    当初、企業活動の中でも、ダイバーシティという言葉が中心でしたが、現在では、日本においてもダイバーシティ&インクルージョンという2つの言葉で一つの考え方を示すように変化してきています。

    本稿では、あらためて、

    1. ダイバーシティ&インクルージョンとは何なのか?
    2. 日本におけるダイバーシティ推進の特徴、
    3. 日本政府の取り組みとその成果、
    4. D&I関連の法律面での整備としてどのようなものがあるのか

       

    など、最新のデータを基に、忙しい方にも一読すれば概要がわかるよう紹介したいと思います。

    また、次号にて、実際にダイバーシティ活動に携わる人の声をいくつか紹介する予定です。

    そもそもダイバーシティ(&インクルージョン)とは?

    ダイバーシティ「多様性」に付け加えて、近年注目されているのはインクルージョン「包摂」という言葉です。

    ダイバーシティというのは、多様な人間が「個」として存在している状態であり、影響を互いに与えていないか、その影響が限定的である状態を指します。それに対して、インクルージョンというのは、多様な人間が相互に影響しあい全体に貢献している状態をいいます。

    食べ物に例えていうなら、ダイバーシティというのは、人参、牛肉、じゃがいも、たまねぎ、赤ワインといった様々な食材がそこに存在している状態です。インクルージョンというのは、それぞれの食材が自分の味を生かしながら混じりあう変化から生まれるシチューのようなものです。

    単に多様な人材がそこに存在することだけではなく、そこから一歩進んで、多様な人々が対等に関わり合い、いかんなくその能力を発揮して組織に貢献している状態を目指すものがダイバーシティ&インクルージョンの考え方です。

    日本の特徴:ダイバーシティ≒女性活躍推進

    日本において、欧米で生まれた「ダイバーシティ」という言葉が上陸し始めたのは、1990年代だと言われています。バブル経済絶頂期に日本市場に参入してきた外資系企業や、海外に進出する日本企業を通じて、「ダイバーシティ経営」の考え方がもたらされました。とはいうものの、多様性を考える取り組みそのものは、1980年代の男女雇用機会均等法成立の頃より、徐々にその土壌が作られ始めていたといえるでしょう。

    日本の企業の多くはダイバーシティ推進=「女性活躍推進」というイメージでとらえられることが多く、ジェンダー以外の要素として、国籍・障害者・性的マイノリティ(LGBTQ+)を含めた異なる個人の能力や多様な価値観の尊重という視点をもってとりくむ企業は、増えつつあるもののまだまだ少ないといえます。

    その理由として、企業における仕事という観点においては、健康な日本人男性が新卒一括採用された後、同じ企業で定年まで勤めるという終身雇用モデルが標準になっているため、「同質性」による効率を求めていたことが背景にあげられます。「同質性」による効率とは、ハイコンテキスト文化における「あうん」の呼吸や「一を聞いて十を知るといった」ような察することで対立を避けて物事を推進していく点が一例として挙げられます。もっとも、そのような効率性の重視が、必ずしも効果ある結果を導き出すことにつながるというものではないことはいうまでもありません。

    また、日本において、ダイバーシティへの取り組みが女性の活躍推進を中心に進んできた背景としては、①日本が国際的な比較の中で女性の活躍度が極めて低かったこと、②少子化による労働力人口減少及び高齢化による労働人口構造の歪みがあり、持続的な経済成長を可能にさせる施策の一つとして、女性労働力の活用促進が重要視されるようになったことがあげられます。

    世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップレポート2020

    出典:世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップレポート2020

    日本の男女格差が非常に大きいことは、上図の世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップ(世界男女格差)レポート2020からも示されています。日本のジェンダーギャップの指数は153カ国中121位という先進国の中でも最低ランクに位置しています。最初に調査が行われた2006年には80位であったランクが、現在は41ランクも落ちています。特に女性の政治参加については、144位であり世界最低水準になっています。

    日本政府の取り組みとその成果

    日本政府は、小泉内閣時代の03年6月に、男女共同参画推進本部において、2020年までに「指導的地位に占める女性の割合を30%程度」に上昇させることを目標として決定しました。ところが、この数値目標を達成することは現実的に不可能であるとの判断から、2015年の第4次男女共同参画基本計画において、現実的な数値目標を別途設定。国家公務員の本省課長級に占める女性の割合を7%、民間企業の課長職は15%、部長級10%程度などとしました。

    数値目標を大幅に引き下げたものの、2020年7月公表の2019年度の雇用均等基本調査によると、全国の企業・事業所での課長級以上の管理職に占める女性の割合は、11.9%となっており、政府目標とは依然として大きな開きがあります。国家公務員では本省課室長相当職で女性が占める割合は2020年で5.9%にとどまっています(令和2年11月20日内閣官房内閣人事局資料より)。  

    日本政府は2020年7月、「2020年度までに指導的地位に女性が占める割合を30%にする」との目標を先送りし、「2020年代の可能な限り早期」を達成期限とする方針を示しており、思ったほどの成果があがらず、想定していた以上に進捗が遅い状況にあります。

    なお、日本社会においては、女性労働力の活用が、企業や社会のダイバーシティを表す一つの評価軸になっていますが、日本政府が主体となっている代表的な取り組みについて、以下紹介しておきます。

    ダイバーシティ経営企業100選

    経済産業省は、ダイバーシティ推進を経営成果に結びつけている企業の先進的な取組を広く紹介し、取り組む企業のすそ野拡大を目指し、「新・ダイバーシティ経営企業100選」として、経済産業大臣表彰を実施しています。令和元年度は、100選プライムとして、東急、千葉銀行などが選出されています。

    株式市場における女性活躍企業の選定:「なでしこ銘柄

    経済産業省と東京証券取引所が共同し、女性活躍推進に優れた企業として、2012年度より毎年「なでしこ銘柄」を公表しています。なでしこ銘柄は、「女性活躍推進」に優れた上場企業を「中長期の企業価値向上」を重視する投資家にとって魅力ある銘柄として紹介することを通じて、企業への投資を促進し、各社の取組を加速化していくことを狙いとしています。令和元年度は、カルビー、アサヒグループホールディングス、日本たばこ産業といった企業が選ばれました。

    D&Iの中でよくとりあげられる、①ジェンダー(女性)、②障害者、③LGBTQ+、④世代(高齢者)⑤国籍(外国人)のテーマに絞って、それぞれに関連する主な法律としては以下のものが整備されています。

    女性の活躍促進関連の法律

    1986年に男女雇用機会均等法施行の後、1991年育児休業法、1993年パートタイム労働法、2003年次世代育成支援対策推進法、2015年女性活躍推進法、2020年パートタイム・有期雇用労働法の施行などが関連法としてあげられます。

    表:世界各国の男女賃金格差

    日本:厚生労働省(2019.3)「2018年資金構造基本統計調査」
    アメリカ:労働省(DOL) (2019.1) Labor Force Statistics from the CPS
    イギリス:統計局(ONS) (2018.10) Annual Survey of Hours and Earnings 2017, revised
    ドイツ(資金):連邦統計曲 (Desatis) (2018.10) Statistisches Jahresbuch 2018
    フランス:Eurostat (2019.3) Gender pay gap in unadjusted form
    スウエーデン:統計局(SCB)(2019.6) Women’s salary as a percentage of men’s salary
    韓国:雇用労働部 (http://www.moel.go.kr) 2019年4月現在

    労働力調査(総務省2018年)によれば、非正規雇用者の約7割が女性であることからも、2020年から施行された同一労働同一賃金の考え方は、上記の表にあるような男女間の賃金格差(男性の給与水準を100とした場合、女性の給与水準が73.3)を是正するための一定の効果が期待されるところです。

    障害者

    1. 2016年4月施行の「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)

    ⇒これまでは、障害者が直面する制限の原因は、心身の機能の障害にあるとする「医療モデル」という考え方が定説でした。一方、障害者差別解消法が採用しているのは、制限の原因が、障害者に対して十分な配慮なく作られた社会の構造にあるとする「社会モデル」という考え方です。この法律は、「社会的障壁がなければ、心身の機能の障害がある人も日常生活や社会生活を制限なく送ることができる」という考え方に基づいており、障害施策を大きく転換させるものとなっています。

    2. 2019年改正の障害者雇用促進法

    障害者雇用促進法において、企業に対して、雇用する労働者の2.3%(令和3年3月より)に相当する障害者を雇用することを義務付けています(障害者雇用率制度)。43.5人以上雇用している事業主は、最低1名障害者を雇用する義務があります。障害者の雇用状況が規定に満たない場合は障害者雇用納付金の納付義務が発生します。また、「障害者雇用納付金制度」に基づいて、常用労働者が101人以上の企業は「規定割合と比べて不足している雇用障害者数1人につき毎月5万円」を国に納付する必要があります。厚生労働省が2021年1月に発表した最新データによれば、民間企業における法定雇用達成率は、前年に比べると0.6ポイント上昇し48.6%となったものの、半数以上の民間企業では障害者の雇用が進んでいないのが現状です。


    被害者雇用率ランキング上位10位

    • 1位 ジェンラルパトナーズ(サービス業 / 20.53%)
    • 2位 エフピコ(化学 / 13.6%)
    • 3位 エイベックス(情報・通信業 / 11.25%)
    • 4位 MRKホールディングス(小売業 / 7.75%)
    • 5位 キトー(機械 / 7.1%)
    • 6位 ファーストリテイリング(小売業 / 5.28%)
    • 7位 LITALICO(サービス業 / 4.64%)
    • 8位 古川機械金属(非鉄金属 / 4.56%)
    • 9位 良品計画(小売業 / 4.36%)
    • 10位 マックスバリュ北海道(小売業 / 4.36%)

    * カッコ内数直は2018年度時点の障害者雇用率、出所:東洋経済新報者「CSR企業白書」 2020年度版


    多様性を確保するという意味においての障害者雇用は、法定雇用率の達成のためしぶしぶ雇用しているという企業もあるとはいえ、まずは一緒に働く機会が増えていくというのは一歩前進といえます。しかしながら、障害者の能力やキャリアプランを考えて、本人のやりがいやキャリアを尊重していくというようなインクルージョンの段階にはまだまだ道のりが遠い現状にあるといえます。

    LGBTQ+ 

    (※ Q+:近年、誰に対しても性的欲望を抱かない人(Asexual)や、幅広い人に性愛感情を抱く人(Pansexual)等、他のセクシュアルマイノリティへの配慮を示し、Q+と表現されるようになってきています。)

    日本においては、LGBTQ+に関する差別禁止法はありません。2020年現在、G7の中で同性間での婚姻やパートナーシップに関する法律がないのは、日本のみとなっています。但し、同性同士のパートナーシップを認める自治体の数は、渋谷区、世田谷区をはじめとして、令和2年の段階で50以上に増えてきています。

    ⇒世界の状況に目をやると、例えば、オランダ、ベルギー、スペイン、カナダ、南アフリカ共和国を含む24カ国では、国全土で同性婚を合法化。異性婚と同等、それに近い権利、または部分的な権利を与えるということが認められています。その一方で、 ロシアでは、2013年6月に同性愛宣伝禁止法が成立し、未成年者に「非伝統的な性的関係」(同性愛)について情報提供することが禁止されました。また、ナイジェリアでは2014年に同性婚禁止法の成立、ウガンダでは2014年に反同性愛法が成立し、同性愛者への罰則を強化しました。

    日本においては、ダイバーシティ施策の一環として、LGBTQ+への理解を深めている企業も増えつつあります、例えば、ANAグループでは、2016年7月より家族向けのマイレージプログラムを同性カップルも共有できるように変更しました。また、野村ホールディングスでは、LGBTQ+の支援者であることを表明する、LGBTA(I am an LGBT Ally)というステッカーを制作し、自分の席やパソコンに貼る運動を実施したりしています。

    世代(高齢者)

    2021年4月施行 改正高年齢雇用安定法

    少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境の整備を目的として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正され、令和3年4月1日から施行されます。今回の改正は、個々の労働者の多様な特性やニーズを踏まえ、70歳までの就業機会の確保について、多様な選択肢を法制度上整え、事業主としていずれかの措置を制度化する努力義務を設けるものです。この改正は、70歳までの雇用を事業主に義務づけるものではありません。

    日本においては、年長者を敬うという伝統的な考え方は、対高齢者については薄れつつあります。特に近年は、高齢者による重大な自動車事故等を契機に、年寄り=老害であるといった偏見をもったり、単純に世代を比較して、若い人を活用すべきだという社会的な論調もみられます。また、定年制そのものが年齢差別であるともいえます。若いから、高齢だからという年齢という属性で判断するのではなく個人の能力に応じて仕事の機会があたえられるよう企業や個人の意識変革が求められます。

    外国人

    2019年4月 出入国管理及び難民認定法の改正施行

    改正法により、特定技能1号と特定技能2号という新しい在留資格を新設し、単純労働分野にも就労のための在留資格を広げました。これまでの出入国管理法では、大学教授やエンジニア、経営者など高度専門分野のみ、日本での就労が可能とされていたため大きな政策転換となりました。

    ⇒2019年9月6日付で内閣府が発表した「企業の外国人雇用に関する分析」によると、10年前の2008年と比較して、2008年では48.6万人だった外国人労働者は、2018年時点で146万人と約3倍になり、就業者全体の2.2%にまで上昇しています。

    マイナビグローバルの調査によれば、面接の際の評価基準を外国人採用企業確認したところ、「日本語能力」とする回答が68.2%と高く、次いで「仕事への意欲(57.8%)」、「コミュニケーション力(48%)」と続いています。企業側においても、入社後の日本語研修、ビジネスマナー研修、日本人の習慣や文化を学ぶ研修など、日本人社員が通常受ける研修に付け加えて研修を実施することで、人材の戦力化、定着化を図る傾向が見られます。大都市圏においては、外国人留学生のための大規模なキャリアフォーラムなども実施されており、熱意あふれる優秀な候補者も数多く見受けられます。

    まとめ

    今回の記事では、1.ダイバーシティ&インクルージョンとは何なのか?2.日本におけるダイバーシティ推進の特徴、3.日本政府の取り組みとその成果、4.D&I関連の法律面での整備としてどのようなものがあるのか等、最新のデータを基に、忙しい方にも一読すれば概要がわかるよう紹介しました。次号では、実際にダイバーシティ活動に携わる人の声をいくつか紹介する予定です。

    次号に続く

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